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ハンス・ウルリヒ・ヴェーラー

今日ドイツの新聞にて、歴史家ハンス・ウルリヒ・ヴェーラーの死を知る。
7月5日に82才で旅立たれたそうだ。

ドイツ社会史だとかビーレフェルト学派だとかドイツ特有の道論争とかヴェーラーに関する色々なキーワードはありますが、間違いないのは彼無しに戦後のドイツ歴史学は考えられないと言うこと。

スクリーンショット20140707
引用faz: http://www.faz.net/aktuell/feuilleton/zum-tod-hans-ulrich-wehlers-stets-kaempfend-13031408.html

ヴェーラーは1973年に記した『ドイツ帝国1871ー1918』で「何故ナチスズムは台頭し得たのか?」という戦後ドイツ史最大の問題にドイツ人歴史家として大きな一石を投じた訳ですが(岩を投げ入れたレベルかもしれない)、これが68年世代の「何故我々の親はナチだったのか?」という問いと重なるところがあり、ヴェーラーは一歴史家としてのみではなく「自己批判的に過去を顧みる」というあの時代の代表者でもあったような気が私はするのです。
(彼は68年当時30代半ばから後半だったので世代は上で、実際に戦争も知っております。)



しかし今回改めて検索し、これ程著名な人物で多くの論文で引用されているにも関わらず、ハンドブックの『ドイツ帝国1871ー1918』しか現在入手できる日本語訳が無いということに驚いた。
坂井先生が『ドイツ史を考える』(ニッパーダイ著、坂井榮八郎訳、山川出版2008)の冒頭「歴史家トーマス・ニッパーダイについて」で書かれている通り、ニッパーダイとの批判合戦で切磋され生み出された『ドイツ社会史(全5巻)』こそが彼の代表作であるので。



とまあ、ちょっぴりとだけ歴史囓っている人っぽいことを書きました。

面白い小話を一つ。
長らく私と同じ研究所で学んでいた韓国人留学生のヨットさん。
彼女はハノーファー大に来る前はビーレフェルト大学におりました。

私「凄い!ビーレフェルトで社会史なんて憧れじゃん。」
ヨットさん「うん。やっぱり活気があったわね。」
私「ヴェーラー見た?講義参加した?」
ヨットさん「私が居た時、彼はもう退職していたから。ただ…」
私「?」
ヨットさん「ある日大学で海パン一枚にタオルを持ったびしょ濡れのおじいさんがよろよろと歩いているのを見たのよ。」
私「えっ…近所の変なおじいさんが入ってきちゃったの?」
ヨットさん「そう思うよね。私もそう思った。で、友だちにそれを話したら『それあの有名なヴェーラーだよ』って。」
私「!!」
ヨットさん「私も聞いた時吃驚したよ。健康のために退職した後も定期的にプールで泳いでるんだって。」
私「ヴェーラーが海パンいっちょで大学を…。でもよろよろ?」
ヨットさん「うん。お歳もいっているし、泳ぎ疲れてたんじゃ無い?私色々なドイツの先生見たけど、有名な先生って結構面白いよね。」

嗚呼、一度で良いからお会いしてみたかった。


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